NHK朝ドラ【マッサン】モデル竹鶴政孝の人生。

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始まりました、新NHK朝ドラマ『マッサン』

初回視聴率は21.8%と好調のスタートとなりましたね。

 

日本のウイスキーの父と呼ばれる、竹鶴政孝』

単身でスコットランドに渡り、技術を習得、日本で初めて

ウイスキーの製造に成功したパイオニア

彼の人生はどの様なものだったのでしょうか・・・・

 

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竹内正孝

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▼1894年 広島県竹原町(竹原市)に生まれる

▼1916年 大阪高等工業(大阪大学)の醸造科を卒業
摂津酒造に入社

▼ 1918年 英国留学、各地で蒸留酒の製造を学ぶ

▼ 1920年 ジェシー・ロベルタ・カウン(リタ)と
結婚、同年帰国する。

▼ 1923年 ウイスキー技師として寿屋(サントリー)に入社

▼ 1924年 寿屋が大阪、山崎に日本初の本格ウイスキー蒸留所を造る

▼ 1934年 寿屋を退社。大日本果汁株式会社を設立

▼ 1936年 北海道余市でウイスキー造りを開始

▼ 1940年 『ニッカウヰ(イ)スキー』発売

▼ 1952年 社名を『ニッカウヰスキー株式会社』に変更

▼ 1961年 妻リタが死去

▼ 1979年 竹鶴政孝死去

寿屋を退社後気になるのが、『大日本果汁株式会社』

ウイスキーなのに果汁?と思ったんですが、そこには理由がありました。

『ウイスキーを作る仕事は、何年か先を目標にする気長な事業、

ウイスキー造りに適した土地で、良い原料を時間をかけて育てるのであるが、

熟成するまで事業がもちこたえれるか』

 

まずは、すぐに作って売れるジュースをウイスキーが

できるまでの繋として経営を安定させていたそうです。

1936年のウイスキー造りから4年間でやっと第1号を販売させたわけです。

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妻リタの苦労

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竹鶴政孝が人生に欠かせないのが、留学先で出会った妻のリタ。

現在では国際結婚は珍しくはないんですが、

当時はやはり珍しく、両家とも結婚には大反で、妻のリタはそれを押切り

協会ではなく登記所で寂しい結婚式を行ったそうです。

 

また、日本に帰国するも家族からは当然ながら、反対され

竹鶴家が分家という形で結婚を承諾してもらったという。

日本の生活に溶け込もうと努力を重ね、日本料理は勿論

漬け物や塩辛まで手作りしたり

周囲の人はマッサンを、「日本人以上に日本人らしい」と絶賛したらしい。

また、日本語の勉強にも励み、流暢な関西弁操るまでになったが

「マサタカサン」という発音が難しかったためか

竹鶴のことを『マッサン』呼んだ。

 

戦時中は、外国人であることで敵扱いされ、

苦労をしながら夫を朝え続けたのですが

2人の間には子供ができず

竹鶴の姉の子威(たけし)を養子として迎え入れた。

 

リタが1961年に64歳で亡くなった時

竹鶴は2日間部屋に閉じこもり、火葬場にもいかなかったそうです。

竹鶴政孝はウイスキーに命をささげ

リタはそんな夫を支え続ける、本当に素敵な夫婦だっのでしょうね。

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ドラマ『マッサン』

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このドラマには原作は無く、脚本家・羽原大介氏の

オリジナル作品として描かれています。

 

マッサン、亀山政春

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玉山鉄二 1980年4月7日生まれ、京都府出身

 

 

亀山エリー

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シャーロット・ケイト・フォックス 1985年8月14日 アメリカ、ニューメキシコ州出身。

 

 

夫婦のドラマとあって、視聴率も好調のようですね

最近は『昼顔』の人気で不倫がブーム!?

と、なりつつある中、本当の家族の愛を描くドラマに

注目していきたいですね。

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